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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)8691号 判決

原告

東和商事株式会社

右代表者

安福利秋

右訴訟代理人

若原俊二

被告

石井廣矛

右訴訟代理人

森賢昭

青野秀治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一原告は、本件土地建物を所有していたが、昭和四七年七月、被告に対し、本件建物を代金六〇〇万円で売渡すとともに、本件土地を、賃料は一か月一万八〇〇〇円とし、毎月末日に翌月分を支払うこと、被告が賃料の支払を二回分以上怠つたとき、原告の書面にある承諾を得ないで建物を増改築したとき、他の債務のため財産の強制執行、仮差押および仮処分等の保全処分を受け、もしくは競売、破産等の申立を受けたとき等の事由があるときは、原告は無催告で賃貸借契約を解除できることとの約定で賃貸したこと、被告は昭和五六年七月分から同年九月分までの賃料を支払日までに支払わなかつたこと、被告は、昭和五一年ころ、本件建物の一階のうちツテタチツの部分と二階のうちニヌネノニの部分を増築する工事をしたこと、被告は、本件建物について、昭和五六年一一月一六日に高槻市の滞納処分、昭和五七年三月三一日にアイ・エス・インターナショナル株式会社の強制競売、同年五月二八日に大阪府中小企業信用保証協会の競売による各差押を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告は、被告に対し、本件訴状により、右契約違反を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、本件訴状は昭和五七年一一月二四日、被告に送達されたことは本件訴訟上明らかである。

二被告は、被告には本件賃貸借契約を解除されなければならないほどの背信性が存在しない旨主張するので、この点について順次判断する。

1  賃料不払について

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告会社は、昭和四〇年一〇月一九日、各種原糸繊維製品の加工、製造、販売を目的として発行株式数一万株、資本金五〇〇万円で設立された。原告代表者安福利秋と被告は、以前同じ会社に勤めていたことから、右会社倒産後に協力して原告会社を運営していくこととし、原告会社設立に際して安福が五〇万円(一〇〇〇株)、被告が二五万円(五〇〇株)を出資し、その後他の株主から株式を順次譲受け、出資額は昭和四三年五月二九日当時安福が七五万円(一五〇〇株)、被告が五〇万円(一〇〇〇株)、昭和四五年三月三一日当時安福が一六〇万円(三二〇〇株)、被告が一〇〇万円(二〇〇〇株)となつた。安福は、原告会社設立以来代表取締役として経営に当たり、被告は、設立後昭和四六年五月二九日まで取締役に就任しており、退職時まで営業を担当していた。

(二)  原告は、昭和四三年一〇月八日ころ、本件土地を買受け、昭和四四年五月ころから被告が入居する社宅として本件土地上に六五八万円余の費用で本件建物を建築し、同年一〇月ころ完成した。本件建物は被告の父が大工であつたころから、被告の依頼により被告の父がその建築に当つたものであり、被告は、本件建物に家賃一万円で居住していた。

(三)  被告は、昭和四七年ころ、安福との間に意見対立が生じて原告会社を退職することになつた際、退職金として本件土地建物をもらいたい旨要求したが、原告は、これを拒否し、種々交渉の末、同年六月二〇日ころ、被告に対して本件建物を本件土地の借地権付で譲渡することによつて退職金支払に代えることとし、同日開催の臨時株主総会における議決により、被告の役員退職慰労金を一〇〇万円、社員退職金を二〇〇万円とし、本件建物を簿価の六〇〇万円で被告に売渡し、右代金は退職金三〇〇万円と被告保有の原告会社の株式二〇〇〇株を三〇〇万円と評価してこれにより支払に充てることを取決めた。そこで、原告は、同年七月二四日、被告に対して本件建物を売渡して、同月二六日、所有権移転登記を経由し、同月二四日、被告との間で本件土地につき住居専用の普通建物所有を目的とする賃貸借契約を締結した。

(四)  被告は、本件土地の賃料を原告方に持参して支払い、二か月ないし四か月分を一括して持参したことも時々あつたが、原告は特にその支払方法を問題として紛争となつたことはなく、昭和五六年五月ころまでは賃料改定をすることもなく推移していた。

(五)  原告は、昭和五六年六月二〇日ころ、被告に対し、書面で、本件土地の賃料を同年七月分以降一か月二万七〇〇〇円に増額してほしい旨を申入れ、同年七月七日ころ再度右要求をしたところ、被告は、同月一五日ころ、原告会社に赴いて同年六月分賃料を支払つた際、右値上要求に異議を述べた。原告は、同年八月二二日ころ、書面で値上を求めるとともに同年七月分から同年九月分までの賃料を同年八月末日までに支払うよう求めたところ、被告は、同年九月二五日ころ、話合によらない一方的な値上には応じられない旨回答するとともに同年七月分から同年九月分までの従前賃料額合計五万四〇〇〇円を同封して原告に送付した。これに対して、原告は、同月二八日、相互に了解がついた後に改めて受領したいとして右五万四〇〇〇円を被告に返送した。被告は、同年一〇月五日、書面で、固定資産税に見合う程度で値上を認める旨返答し、その後、同年一一月一八日に同年七月分から同年一〇月分までの賃料七万二〇〇〇円を供託し、以後一か月ないし四か月に一回の割合で従前の賃料額の供託を続けている。

以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右認定の事実によると、被告は、従来から二か月ないし四か月分の賃料を一括して原告方に持参することがあつたが、原告は右支払方法に対して特にこれを問題として紛争となつたこともなく平穏に推移していたこと、被告が昭和五六年七月分から同年九月分までの賃料の支払を遅滞していたのは、同年六月に原告から同年七月分以降の賃料の増額を求められて文書をやりとりするなどして交渉中であつたためであり、しかも、被告が一旦同年九月中に同年七月分から同年九月分までの従前賃料合計五万四〇〇〇円を原告に送付したのに。原告はこれを返送したものであるが、原告が返金したのは右支払が支払期日に遅れたことによるものではなく、賃料増額に応じないことを不服として、賃料増額についての合意成立後に増額賃料をあらためて受領するつもりであつたためであること、被告が右賃料増額申入に容易に応じなかつたのは、被告としてはもともと本件土地も退職時に本件建物とともに退職金代わりにもらつてしかるべきものであるとの気持をもつていたことにも一因があるのであつて、原告代表者の安福が賃貸借成立後九年もの間賃料を全然改訂しようとしなかつたのも賃貸借成立時の特殊事情を考慮していたためであることなどの事情がうかがわれ、これらの事情を総合すると、原告は、賃料増額の申入について被告の承諾が得られない場合にはまず、賃料増額請求訴訟等によつて解決をはかるべきであつて、かかる手段をとることなく、一旦被告より送付された従前賃料を賃料増額についての合意成立後に受領するとして返金しておきながら右合意が成立しなかつたからといつて一転して右賃料の不払を理由に賃貸借契約を解除することは相当でないと考えられるから、原告が解除事由の一つとして主張する賃料の二回分以上の不払の点については、無催告で賃貸借契約を解除しうる程の信頼関係の破壊が存在せず、賃料不払の場合の無催告解除の特約による解除の効力を認めることが合理的とはいえない特別の事情があると認めるのが相当である。

したがつて、原告の右賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除はその効力を生じないというべきである。

2  無断増改築について

原告代表者および被告本人各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、昭和五一年ころ、本件建物の雨もりがひどくなつたので、その修理をするとともにベランダの三分の二位に屋根をつけて部屋に改造し、一階の台所を約三・三平方メートル位増築したが、右工事はコンクリートやブロックを使用せず、木材を使用して行つたもので別段本件建物の構造を大規模に変更するとか建物の耐用年数を増加させるとかいう程の工事ではなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、右工事の際電話で原告に通知し、原告の了解を得た旨主張し、被告本人尋問の結果中には右主張にそう供述部分があるが、右供述部分は原告代表者尋問の結果に照らして措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

しかし、右認定の事実によると、被告のした本件建物の増改築は小規模のもので、本件土地の通常の利用上相当であり、賃貸人である原告に特に著しい影響を及ぼすこともなく、原告に対する賃貸借契約上の信頼関係を破壊するおそれもないものと認められるから、原告は、建物の無断増改築等による無催告解除の特約にもとづいて賃貸借契約を解除することはできないものというべきである。

3  建物の差押等について

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告が賃貸借契約解除事由としていた本件建物についての、(1) 昭和五六年一一月一六日になされた高槻市の市税滞納処分による差押登記、(2) 昭和五七年四月一日になされたアイ・エス・インターナショナル株式会社申立、同年三月三一日大阪地方裁判所の競売開始決定による差押登記、(3) 同年五月二九日なされた大阪府中小企業信用保証協会申立、同月二八日同裁判所の競売開始決定による差押登記のうち、右(1)の登記は昭和五八年二月一七日、同日解除を原因として、右(2)の登記は昭和五七年九月七日、同年八月二六日取下を原因として、右(3)の登記は昭和五八年五月一九日、同月一七日取下を原因としてそれぞれ抹消登記がなされた。

(二)  本件建物には、契約解除後に、(1) 昭和五八年一月一三日に株式会社佐藤商店申請、同月一二日大阪地方裁判所仮差押決定による仮差押登記、(2) 同年七月四日にアイ・エス・インターナショナル株式会社申立、同月一日同裁判所競売開始決定による差押登記、(3) 同月六日に井上定株式会社申請、同月五日同裁判所仮差押決定による仮差押登記、(4) 同年一〇月六日に同年七月七日譲渡担保を原因とする島田正司への所有権移転登記、(5) 同年一〇月二四日に同月一〇日売買を原因とする向井一喜への所有権移転登記がそれぞれなされている。

(三)  被告は、原告会社退職後繊維製品の輸出を目的とする石井商事株式会社代表取締役として右会社を経営していたが、右会社は昭和五六年一一月不渡手形を出して倒産し、そのため、前記の各差押登記等がなされるに至り、島田や島田から金員を借入れた樋口は昭和五八年秋ころ数回原告に対して本件土地の売却を求めてきたが、原告はこれを拒否している。被告は、昭和五八年一二月二九日、大阪地方裁判所に対し、島田正司と向井一喜を相手方として前記(二)(4)、(5)の各所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起しているが、その理由は、被告が島田から借入れたのは、昭和五八年七月七日に一〇〇万円、同年八月六日に四〇万円、同年一〇月一日に五〇万円の合計一九〇万円であるが、右借入金は支払つた利息中利息制限法所定の利息超過分を元本に充当し残額を供託したことによりすべて弁済ずみのものであり、また向井は島田と通謀して売買を仮装して所有権移転登記を得たものであるというにあり、右訴訟は現に係属中である。

以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告が賃貸借契約の解除事由として主張していた本件建物についての差押登記はその後すべて被告と債権者との話合がついて抹消されており、解除後になされた所有権移転登記についても被告はその抹消を求めて提訴中であつて被告としても、本件建物が第三者の所有に帰することを極力防止する努力を尽していることがうかがわれるうえ、もともと賃貸土地上の建物についての強制執行、競売申立等を理由とする無催告解除の特約は、債権者からの右申立が必ずしも理由のあるものとは限らないことからも賃借人にとつて極めて苛酷な特約であつて、特約自体が当然無効であるとまではいえないとしても、右特約は、契約の無催告解除の効力を認めることが合理的とはいえないような特別の事情のある場合についてまで、無催告解除の効力を認める趣旨のものではないと解されることなどの諸点を考慮すると、原告主張の右差押登記等がなされたからといつて、直ちに被告に賃料不払のおそれが強くなつたとか、本件建物が早晩他の第三者所有に帰する蓋然性が強い等とすることはできず、右事由による本件賃貸借契約解除が合理的であるとはいえない特別の事情が存在する場合に当るものというべきである。

また、原告主張の解除事由すべてを総合して考えてみても、本件賃貸借契約は未だ解除を相当とする程度にまで当事者間の信頼関係が破壊されたものとはいえず、解除の効力を認めるのが合理的であるとはいえない特段の事情が存すると認めるのが相当である。

三よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山本矩夫)

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